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地獄のオルフェ

オッフェンバッハのオペレッタ(仏語ではオペラ・ブッフ)「地獄のオルフェ」をビデオで観ています。モーツァルトの町ザルツブルグの音楽フェスティヴァルでつい最近上演されたものです。

字幕を読みながらの観劇なので目が離せません。それで一時ストップして短い更新を試みます。多分、今夜見終える暇は無いと思うので、明日続きを観ることになりそうですが、とてもオリジナルな演出です。衣装も舞台も凝っています。

地獄のオルフェの内容がこのように突飛なものだと知らなかったので少々驚いていますが、またもやビデオのおかげで新しい発見をしています。思うに、既に見たオッフェンバッハの作品もかなり奇想天外でした。

何か気分転換になるものが欲しいと思っていた矢先なので、思いがけないプレゼントをもらったような気がします。今日は時間のロスが多い日でしたが、失われたように見える時も何かの役に立っているような感じです。

オケの初練習

早いものですね。オケの初練習が9月5日にあると連絡がありました。アソシエーションの展示会が8日と15日にあると同時に知らせがあり、会場で15分ずつ演奏すると知りました。参加の有無を問われて、勿論参加すると答えました。新学期の始まりです。

嬉しいようで苦痛なような、不思議な気分です。勿論嬉しいに決まっていますが、同時に好きな曲を好きなように練習する時間が減ると思うと残念です。

ソロで音を良くする努力をしたり、デュエットで音をぴったり合わせる喜びを感じたりした後なので、多数との演奏が大雑把にならないように励まなければなりません。人数が多いと、仲間を当てにして、努力を怠ったりすることもあるのです(汗)。

今年は年長者の間でかなり健康問題が出ていました。彼らのおかげでオケの雰囲気が守られていたので、彼らが引退(=死亡に近いです...)すると雰囲気が完全に変わりそうです。

誰が来るかなと期待しつつ、再会の日を待ち遠しく思うモンペリエっ子です。

ハーモニカとピアノ

午前中は通訳の仕事で結構忙しなく過ごし、にも拘らずちゃんとフルートの練習もしました。電話で対応出来る場合、移動にかかる時間のロスがありません。

昼食後にピアノもちょこっと練習し、本日は買出しに行く予定でした。しかしながら、通訳の仕事の締め括りのために再度電話連絡があると分かっていたので、とりあえず先生宅で何か一緒に練習すると言う話になりました。

そこで思いついたのがハーモニカでした。フルートと楽譜を抱えて、その足で買い物に行くのは、ハンディが多くなります。重いし、嵩張るしで、買い物の邪魔になります。

それと比べて、ハーモニカなら軽いと思いました。おまけに、手書きのソング・ブックは小型です。

大した技量ではありませんが、1月からの練習の成果を聴いてもらいたいと思いました。この程度吹けると、たどたどしい進歩の具合を見せたかったのですが、じゃあピアノで伴奏すると言われて大奮戦しました(汗)。

でも、かなり楽しめました。簡単な軽音楽も良いですね。ヘンデルのソナタのフルート2本デュエットを真面目にする時と比べて完全にスイングします。どちらも大好きです。

現在、先生は足の指を骨折して、長く歩けない状態なので、モンペリエっ子の気紛れに快く応えてくれます。フルート/ピアノ、フルート/フルートに加えて、今日はピアノ/ハーモニカも実現しました。

突風!

今日の午後から吹き始めた北風が心地良くて、やっと一息ついています。海から吹く風にウンザリしきった後なので、解放感にはこの上無いものがあります。

週末頭を痛めた問題事も解決に向かっているようなので安心しています。人助けのためとは言え、横から口を出す以上、良い結果を期待したくなるのは当然です。少なくとも、即座に揉め事にはならないと感じるだけで十分です。

ずっとサイレント・モードであったオケからも連絡が入り、学期初めのプログラムについて打診されました。勿論参加すると答えました。アソシエーションの紹介フェアがあるので、勧誘のために2箇所で演奏します。

思うに、天候の変化もオケからの連絡も、全て移り変わる時を反映している出来事です。暑苦しかった夏もそろそろ終焉?と期待したいところですが、多分、まだ照り返しがあると思います。

オケに関しては、そろそろお馴染みのプログラムを練習して記憶を新たにすべき時になったのかなと思いつつ、まだもう少し個人練習を深めて行くつもりです。初見で演奏するスキルを強化する機会として、ヴァカンスに使えない時間を有効化しています。

山歩きには行けそうもないけれど、今年の夏はピアノにとってもフルートにとっても、とてもためになっていると思います。普段取れない時間を捧げる機会です。先生と思う存分デュエットしています。

肌の熱気を冷ます突風を感じながら、今年の夏のサミング・アップを始めているモンペリエっ子でございます。

ディスコ時代の回顧

昨晩国営3チャンネルで放送された「ディスコ時代の熱」と言う番組をビデオで観ています。ビデオ編集をして作られた番組で、これと言った新鮮味も無いのですが、懐かしいから観ています。ダンスを習った時期でもあるので、いろいろな思い出が蘇ります。

ディスコのおかげで踊りたくなったのか定かでありませんが、父が社交ダンスを踊っていたと聞いていたので、多分父との繋がりを深めたかっただけかも知れません。

ディスコが始まったのは1977年頃で、モンペリエっ子がダンスを始めたのは1981年だったと思います。よって、直接関係はありませんが、巷がディスコ・ブームに浮いていたことは拍車をかけたと思います。体を動かしたくて堪りませんでした!

ダンス学校で習ったのは、ロックンロール、タンゴ、ワルツ、ルンバ、チャチャ、サンバ、その他、一見レトロ系でしたが、ディスコはロック、サンバ、マンボなどと同じリズムで踊れば良いと先生が言っていました。リズム感を体得する良い機会を捉えたと思います。

ダンス学校の仲間と一緒に、頻繁に出歩いていた時期なので、踊る機会はひとつも逃さずに実地練習していました。運動神経が鈍いと母親に貶されることが多かったモンペリエっ子としては、自由に海外で踊りを習うことほど、精神的解放に繋がる行為はありませんでした。

謙虚になる代わりに、侮辱しか出来ない母に対してかなり恨みを持っていましたが、その肝心の母がこちらでした結婚式に参列しに来てくれて、宴会の最中に踊り回るモンペリエっ子を観てびっくり仰天していたことを思い出します。その時、長年のしこりが解けたような気がしました。

たかがディスコですが、こうして振り返ると、いろいろな思い出が蘇ります。